2012年04月28日

ウムラ&預言者モスク訪問2012.3.27〜(その4)


アル=マディーナ滞在2日目、午前中の女性のラウダ入場時間内にラウダへ揺れるハート

すでにサウジの一般の学校の休暇は終わっていたので、空いているかと思いきや、相変わらずの混雑がく〜(落胆した顔)

数年前からラウダへの入場は、マレー語、ウルドゥー語、などの多くのボーンムスリムが使用する言語別、あるいは湾岸諸国、エジプト、シャーム地方諸国、イラク、イランなどの大まかな地域や国籍別にまとまって入場するようになった。

そして残念ながら、「日本」というグループはないので、英語はもちろん東南アジアの言語も解さない私はアラブ諸国のグループのどこかに紛れ込むのが常である。

このような時でも国民性というか、それぞれの秩序正しさ・無秩序さなどが顕わになる目

東南アジアからの訪問客で我先にラウダに入る為に、ドサクサに紛れ込んで他のグループの入場時にラウダに入っていく者はほぼ皆無ぴかぴか(新しい)

それに引き換え、インド・パキスタン、イラン、イラクを抜かした湾岸諸国の人々は、隙あらば他のグループに紛れ込んでても、そして自分達のグループと離れても我先にとラウダに入ろうとする人々が目立つバッド(下向き矢印)

勿論これらの人々の中でも、規律正しく、誘導スタッフの解説に耳を傾け、静粛に自分の順番を待つ人々が90%くらいはいる。

そして湾岸の女性達は、アル=マディーナやマッカへの訪問の機会が他の諸国の人々よりも一般に多い恵まれた環境にある為か、あるいは人ごみの中で押し合いへし合いするのが苦手なおっとりタイプが多い為か、このような人ごみの中でも大声で不平の声を上げたりするところを見たことがない。

ちなみに今回はイラク人とエジプト人の女性達とのグループと一緒に私は順番を待つことになった時計

話している言葉からして、イラクの人々はクルド系の、おそらく50代以上のかなり年配の女性達が多かった。

長時間待たされるのはいつものことなので、ズィクルや預言者への祝福祈願を口ずさんでなるべく時間を有効に使うように心がける。

誘導スタッフの女性も「アル=マディーナに来れること自体が、アッラーからあなた方に与えられた偉大な恩恵なのですよ。恩恵を授かったしもべがすべきことはなんでしょうか?感謝することですね?!待ち時間を有効に使ってアッラーへの感謝、イバーダに集中しましょう。ラウダで推奨される行為は「あらゆる種類のイバーダ」であって、必ず礼拝しなければならない、何がしかのズィクルやドゥアーをしなければならない・・・ということはありません。アル=クルアーンを読むのもいいですし、ドゥアーするのもいいですし、礼拝してもいいのです。他の人々の迷惑にならないようなイバーダを集中して行いましょう。ドゥアーに関しては決して墓の方に向かってすることのないように・・・キブラに向かってしましょう。」とみんなへのアドバイスを拡声器で行う。

このラウダ周辺のスタッフ(ひょっとすると預言者モスク全体でそうかもしれないが)の女性達は一般に綺麗なフスハーで話すぴかぴか(新しい)

残念ながら現在、フスハーはアラブ人であれば誰でも自由自在に話せるというわけではない。
むしろ「自分はアンミーヤしか話せない。」というアラブ人の方が多いかもしれないちっ(怒った顔)

いざ、ラウダに入り、2ラカートの礼拝をし、残りの時間はドゥアーに費やした。
恐らく5分〜10分で私達に割り当てられた時間が終わったので、次の順番の人たちの為に潔くラウダを後にする・・・

この日、アスル後に、預言者モスクで働く知人のサウジ女性Mを彼女のデスクがあるモスク東側の事務室に訪ねたのだが、彼女の勤務時間は午前中とのことで、翌日朝にまた来ることにする。

アル=マディーナ滞在最終日であり、リヤドへ戻る日の午前中、実に3年ぶりに無事に彼女と会うことが出来、ダアワの話・異文化交流の話に花が咲いたるんるん

Mに、「預言者モスクで働いている女性達のうち、清掃スタッフ以外の人々・・・例えばラウダの誘導スタッフでウルドゥー語、ペルシャ語を話す女性を見かけたが、彼女達は全員サウジ人なのか?」と聞いてみた。

預言者モスクでダアワ活動に関わっている女性達は、サウジ女性とは限らず、アル=マディーナの居住者たちで特別なダアワプログラムを履修した者(当然テストや面接などはあると思うが)たちもいるとのことだった。

彼女達がボランティアで働いているのか(有給だと思う)どうかは分からないが、例えボランティアでも預言者モスクで働けるなんて一般人からすると夢のような話ではないだろうか??

その日の昼過ぎにアル=マディーナの空港に向かい、夕方、家族全員無事にリヤドに着くことが出来た飛行機

今回の旅では行きも帰りも飛行機着陸の際、酷い衝撃を受けた(ここまで酷かったのは初めての経験)のが気になったがく〜(落胆した顔)
行きは心構えも無かったので、かなりの衝撃を受けた気がする。
風が強かったのか、何だったのか・・・

空港には行きと同じく、隣人のアゼルバイジャン人Aのご主人が車(セダン)で迎えに来てくれ、無事に寮に戻ることが出来た。

アルハムドゥリッラー。

posted by ターリブルイルム at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ウムラ・ハッジ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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